まちの縁側「ミュゼ灘屋」(旧宮内邸) - 伊予市色々|愛媛県伊予市観光協会 MENU CLOSE

伊予市観光WEBサイト

スポット情報

まちの縁側「ミュゼ灘屋」(旧宮内邸)

灘町のまちづくりの象徴

寛永13年(1636年)、松山藩から大洲藩への「お替地」(領地交換)をきっかけに宮内兄弟を中心とした民間によるまちづくりが行われました。その灘町のまちづくりの象徴ともいえる国登録有形文化財の「宮内家住宅」が改修され、伊予市のコミュニティ文化発信基地「ミュゼ灘屋」として利用されています。
元文3年(1738年)に建てられた主屋は本瓦の大屋根に千鳥破風、家紋の入った瓦・うだつ・虫籠窓、店の大戸や出格子など風格あるたたずまい。かつては敷地約1000坪の広大な屋敷で、藩主や巡見使(江戸幕府が諸国の政情をを調査するために派遣した役人)が訪れた時のための御成門(おなりもん)がありました。現在はそのうちの主屋と江戸後期に建てられた古隠居、明治に建てられた新隠居、五色浜にある「さざえ堀」と同じ石積みの「潮見堀」が残されています。

伊能忠敬測量隊の本陣にもなりました

大洲城藩主から町名「灘町」屋号「灘屋」を許され、酒造や大洲和紙の貿易・販売を生業としていた宮内家は、町年寄を務め、幕府や藩の役人を迎える宿となりました。文化5年(1808年)には、日本地図の作成を行っていた伊能忠敬測量隊の本陣(宿泊所)に使用され、書院造の座敷は当時のまま残されています。日の出の波打つ海を鶴が飛び立つ彫刻欄間や16の家紋があしらわれた格子欄間が美しい座敷は、現在、「伊能の間」として開放されています。

江戸時代の灘町を描いた「郡中市陌浜辺図」

サロンに掲げられている「郡中市陌浜辺図」(複製・原版は伊予市立図書館収容)は、県下でも珍しい江戸後期の都市景観図です。巻頭部の書付けには、安政元年(1854年)11月に発生した安政の大地震(南海トラフ巨大地震)で、建物の破損が著しく、修繕したものの、以前の景観とは異なってしまったため、地震前の様子を描いたという意味の漢文が記されています。いわゆる、復元図ではありますが、向かって右側に大洲藩の蔵屋敷、左側には新谷藩の蔵屋敷、宮内邸や栄養寺など建物の様子が詳細に描かれています。この図の町家を見ても、伊予市郡中灘町の地割りが、奥行き60間(約109m)と細長く、全国的にも珍しい区画割りであることが分かります。興味のある方はじっくりとご覧ください。
(写真提供:伊予市教育委員会)

住所 伊予市灘町123
お問い合わせ 080-2981-6281(専用)
料金 「 多目的スペース」「 伊能の間(東)」「伊能の間(西)」「土間」
A利用:市内住民の文化・自治コミュニティ・親睦活動(無償)
    500 円(時間帯ごと)
B利用:集客イベント事業、販売・展示・セミナーなど有料有償事業
    1,000 円(時間帯ごと)
※「多目的スペース」はエアコン/「伊能の間」は扇風機・ストーブ利用で300 円加算
時間帯区分:午前(8:00-13:00)・午後(13:00-18:00)・夜間(18:00-23:00)
営業時間 8:00~23:00
定休日 会員による運営・自主管理を基本として 年中無休 (事前予約制) ※ご利用のない場合は、お休みとします
駐車場 15台(無料) ※栄養寺の駐車場も利用可
サイトURL http://museenadaya.jp/
その他 ※土日祝日は、伊予銀行・愛媛銀行・伊予市役所の駐車場も利用可
※現在も居住されているので、敷地内主屋以外への立ち入りはご遠慮ください

MAP

こちらもおすすめです

pagetopへ