今岡御所跡 - 伊予市色々|愛媛県伊予市観光協会 MENU CLOSE

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スポット情報

今岡御所跡

伊予親王の崩御地

今岡御所跡は、伊予市宮下にある茶臼山の丘の上、新池の堤防にあります。第7代孝霊天皇(紀元前290年~215年)の第3皇子・彦狭島命(ひこさじまのみこと)が住んでいて、崩御された場所だとされています。彦狭島命は別名、伊予親王と呼ばれていました。『古事記』の中では、第2代綏靖天皇から第9代開花天皇までの時代は欠史八代といわれ、資料が残っていません。しかし、彦狭島命については岡山や香川にも伝承が残っていて、大和朝廷から西方の国を平定するよう遣わされたという説が有力です。
この地区は弥生時代、居住地であったことを示すように、土器片、石包丁、石斧など多くの出土品が発掘されました。また、この地は茶臼山の名前の通り、古墳時代には前方後円墳だった可能性があります。

隠れた景観スポットです

今岡御所跡はもともと、彦狭島命と大小市命を祀る今岡神社でしたが、明治42年(1909年)の神社合祀令により伊曾能神社の境内末社として移設され、ここは新池の造成によって堤防となりました。
昭和54年(1979年)に今岡御所跡として石碑が建てられましたが、今でも、当時の神社の石材が碑の周辺に置かれています。御所跡からは南伊予地域全体を見渡せ、人々の暮らしを見守るには絶好の場所。今では、池には野鳥が訪れ、心地よい風が流れる、隠れた絶景スポットになっています。

伊予親王は桃太郎伝説のモデル

彦狭島命は、岡山県では吉備津彦命と呼ばれ、桃太郎伝説のモデルとされています。大和朝廷から吉備国平定を命じられた彦狭島命の活躍ぶりを、鬼ノ城(きのじょう)に住む温羅(うら)と呼ばれる悪者を朝廷から遣わされた吉備津彦命が退治する「温羅伝説」になぞらえ、それが桃太郎の物語となったとして広く知られています。
愛媛県では、伊予一円に勢力を誇った河野氏の系譜を記した『予章記』や、『大洲旧記』に、彦狭島命が伊予国を統治していたという記述があります。

住所 伊予市宮下1224
お問い合わせ 089-983-4051(伊予市教育委員会社会教育課文化財担当)
営業時間 散策自由
駐車場 無し ※路肩に駐車される場合は通行車両にご注意ください
サイトURL https://www.city.iyo.lg.jp/shisetsu/shisetsu/bunka/bunka-090.html

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