五色浜神社
伊藤博文ゆかりの神社
五色浜公園の入り口にある五色浜神社。明治4年(1871年)、法昌寺付近(灘町312番地)にあった住吉宮が遷宮されて住吉神社となり、その後明治42年(1909年)に菅原道真を祀る天神社と合祀して、五色浜神社に改称しました。当時は五彩濱神社と呼ばれていました。
五色浜神社の拝殿正面に掲げられた扁額(寺社名などが書かれた額縁。看板のようなもの)は、実は初代内閣総理大臣、伊藤博文が明治42年3月26日に来訪した際に書かれたものです。
また、拝殿内には平家の5人の姫が海に身を投げて五色の石になったという五色姫伝説を描いた絵馬が飾られています。五色姫伝説の後日譚である、土地の人々の哀れみの心が五色姫を復活させたという伝承にあやかり、5の付く日か神社祭事日に5色の石を奉納し、願い事をするとかなえられるといわれています。
十日戎で笹持ってこい
毎年1月10日には商売繁盛、家内安全、農業豊作、漁業豊漁などを願う「十日えびす」が行われています。万延元年(1860年)に灘町で薬種業を営んでいた津田七衛によって始められたとされ、お札や千両箱、タイなどの縁起物の飾りがついた福笹を求めて多くの人が訪れます。
他にも、秋の地方祭(10月第2土曜日と日曜日)では、子供神輿や大人神輿の練り歩きなどが賑やかに行われます。近年は、市内中心部で瀬戸大神輿と五色大神輿の鉢合わせが行われ、神輿がぶつかる迫力の瞬間を求めて、多くの人が見物にやってきます。
民力のまち郡中を知ろう
神社敷地内には、郡中の町づくり250年を記念して有志が計画、明治27年(1894年)に竣工した高さ約4.3mもある「郡中町創業の碑」があります。碑銘は幕末に活躍した宇和島7代藩主伊達春山(宗紀)の書です。
裏面には、漢学者山下清風(武知五友)が作文し、有名な書家河東坤(俳人河東碧梧桐の父)が書いた郡中町誕生のいきさつが刻まれています。
他にも、明治44年就任の第6代郡中町長・藤谷豊城の碑があります。厳しい財政状況の中、郡中港の大改修を実施、船舶の往来が容易になり町は発展しました。
大正13年(1924年)に建立された立像の文字は司馬遼太郎の「坂の上の雲」で有名になった秋山好古の筆によるものです。
住所 | 伊予市灘町309 |
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お問い合わせ | 089-982-0888(伊予稲荷神社) |
営業時間 | 参詣自由 |
駐車場 | 20台(無料) ※境内周辺 |