谷上山宝珠寺(ほうしゅうじ) - 伊予市色々|愛媛県伊予市観光協会 MENU CLOSE

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スポット情報

谷上山宝珠寺(ほうしゅうじ)

聖徳太子ゆかりの寺

皿ヶ峰連峰県立自然公園の西端、伊予市の桜の名所谷上山の頂上付近にある宝珠寺は、真言宗智山派京都智積院の末寺。推古4年(596年)、聖徳太子が伊予に行啓された時、中予地区に神社を守護する寺を5つ建立せよと命じたうちの1つとして、古くより農業信仰が盛んで『田神山』と呼ばれていた谷上山に建立されたものが開基とされています。今日ある伽藍が、天武2年(673年)当時の国司・越智有興により現在の場所に建立されてから、谷上山宝珠寺と呼ばれるようになりました。今までに5回の大造営をしており、中でも本堂は明治25年(1892年)から38年(1905年)と13年の歳月をかけ建立されたもの。本堂の建築様式は禅宗様式を基本としており、明治期に禅宗様(唐様)をならって建築した県内には他にない例と言えます。建築にあたった棟梁は伊予の『左甚五郎(江戸初期の有名な宮大工)』と呼ばれた名工、下三谷の川中夏吉(1853~1924年)。現在、本堂は市指定文化財に選定されています。
本堂に安置されている千手観音像も市指定文化財です。高さ170㎝の立像は、端麗な顔立ち、下半身は流れるような美しい曲線の持ち主。藤原時代(784~1191年)のすぐれた仏像彫刻です。現在は、秘仏とされ開帳日のみ拝観できます。
(千手観音像写真提供:伊予市教育委員会)

正岡子規書の句碑

宝珠寺第一山門前広場に正岡子規の句碑があります。
「夏川を 二つ渡りて 田神山」
明治29年(1896年)作。学生時代に旧友である武市庫太を訪ねた時の景色を思い出し詠んだもので、句碑の字は子規の書を拡大して彫っています。二つの川は石手川と重信川でしょうか。武市庫太の住まいは永田村(現在の伊予郡松前町)にあり、松山市内から川を越え、ふと見上げると谷上山の雄大な姿が目に入ったのでしょう。夏の爽快感を感じる句です。

タヌキだらけの不思議な寺

宝珠寺にはいたるところにタヌキの置物があり、山門でもタヌキ和尚が出迎えてくれます。庫裏(くり・寺院の台所や僧侶の居住する場所のこと)には、俳人であり狸研究家である富田狸通(1901~1977)が、ふすまや壁にタヌキの絵などを書いた「狸の間」があります。宝珠寺をよく訪れていた狸通が、夜中の2時頃に急に思い立ち、ご住職の奥様に筆と墨を用意させると、その場で自由に描いたとか。

狸通は伊予狸伝説の保存や宣伝に尽力し、伊予鉄道退職後は松山市湯の町にある道後温泉商店街で「狸のれん」という民芸店を営んでいました。また、幅広い趣味をたしなむ洒落人で、本家野球拳の初代家元を務め、負けても服を脱がない本来の野球拳を世に広めた人でもあります。当時、1番しかなかった野球拳の歌詞に2~4番の詞を付け加えました。「狸のれん」はオーナーを代え、2017年にリニューアルし現在も営業しています。

住所 伊予市上吾川1419
お問い合わせ 089-983-1720
営業時間 参拝自由
駐車場 有り

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